「物を作れば売れる時代」から「作ることよりも売ることが難しい時代」になったいま、デザイナーに求められる職能も変わりつつある。かつては企画力が重視されたが、いまは製造や流通、販売にいたるまで広く見渡す力が要求されるようになった。あえて産地の中に身を置き、オールラウンドな革製品デザイナーを目指す若者の姿を追った。
ユーザーの要望を製品に反映するのもデザイナーの努め
「彼はちょっと変わっているんですよ」
エタニティの営業部長、小峰雅彦さん(42歳)は
部下の塩原直さん(25歳)をこう評する。
聞けば、採用募集を行っていないのに、
Eメールでエタニティへラブコールを送り、
その熱意を社長に買われ、入社したという。
「キルショットのファンだったんです。
革も金具もひとつひとつが違う表情をしていて
大量生産品にない魅力がありました。
自分のアイデアを生かせるのはこの会社だ、
そう思い、ダメもとで履歴書を送りました」
『キルショット』は、ベルトメーカーの
エタニティが、2006年に立ち上げた実験的ブランド。
独自のビンテージ加工を施したバッグや革小物は、
海外でも高く評価され、
パリのルーブル美術館で展示されたこともある。
長野県出身の塩原さんは、
地元の高校卒業後、都内の専門学校で
メンズファッションを学んでいたが、
キルショットの斬新な革製品に感銘を受け、
エタニティで働くことを決意した。
その一方でメーカーの現場で働くことに
なんとなくひけめを感じていた。
「同級生は華やかなモードの世界で働いているのに、
ぼくがやっている仕事はなんて泥臭いんだろうと。
頑固な職人さんとけんかしたり、地元の催事では
おばさまたちの長話に付き合わされたり(笑)」
だが、職人のそばで働いているうちに
革の世界の奥深さがわかるようになり、
がぜん仕事がおもしろくなってきた。
2013年で入社2年目を迎える塩原さんは、
いま3つのジャンルの仕事をこなしている。
1つ目はOEM(相手先ブランド生産)製品企画。
2つ目はキルショットの新作デザイン。
3つ目は催事で販売するノーブランドの製品企画だ。
「OEMは得意先の要望に応えるのが仕事です。
自社ブランドはオリジナリティーが求められます。
ノーブランド製品では、お客さまの生の声を聞いて、
よりニーズに見合った製品を企画しています」
デザイナーにとっては
創意工夫ができる自社ブランドにこそ
やりがいがあるように思える。
だが、塩原さんの答えは否だ。
「ノーブランドの仕事では
お客さまの声をすぐに製品に反映して
それを自分たちで直接売ることができます。
自分の手の届く範囲で物作りができるなんて、
理想かもしれないと最近思うようになりました」
コスト重視の仕事だけでは、いつか消費者に見放される
ノーブランドの自社製品は
年々売り上げが伸びているとはいえ、
会社として利益を出すためには
OEMの仕事もないがしろにはできない。
また、日本の高度な職人技を残すには、
実験的な作品にも挑戦しなくてはならない。
「エタニティは中国にも生産拠点がありますが、
会社を築いたのは日本の職人さんのおかげです。
職人の技を残すには、いい物を高く売りたいけど、
それができないからギリギリのコストの中で、
試行錯誤をくり返しているのが実情です」
メーカーである以上、
コストを度外視することはできないが、
大量生産の画一的な物作りに
日本の消費者は飽き飽きしているのではないかと
塩原さんは危惧(きぐ)する。
自信を持っていい物を作るためには
デザイナーという仕事に固執せず、
製造現場へこまめに足を運び、
何でも吸収するように努力する――
それが塩原さんの仕事スタイルだ。
「革漉き、コバ磨き、縫いのピッチ・・・
昔は同じようしか見えなかったのに、
目が肥えると、出来不出来だけでなく、
誰が縫ったのかもわかるようになります。
いまは友人にも胸を張って言っています。
『この世界、深いよ』って」